kaamos-metsa うつ寛解後を生きる

心の病の寛解後、を私なりに生きて、考えています。

【うつを振り返る】自死について考えていた・考えていること

私がうつ病と診断されて通院・服薬していた期間は

3年あまりでしたが、その間、とても強い「死にたい気持ち」を

持っていました。

 

正直言うと、服薬している間の記憶というのはとても

曖昧で、ここにその「死にたい気持ち」がどのように

推移したかを書き記すことは難しいのですが、

はっきりしていることは、ずっと死にたかった自分が、

今生きているということです。

そのことについて、自分なりに振り返ってみたいと思います。

 

 

うつと診断された後、

しばらくして当時の仕事を離れたことで、

他人から見れば「楽な状態」「休んでいる状態」に

私は入ったわけですが、

脳の中は強い落ち込みに支配されていました。

 

この落ち込んだ状態というのは、「しょんぼりする」というような

感情とはまったく違って、暗闇で泥沼に腰まで浸かって、必死で

立ち泳ぎを試みているような感覚で、振り返ってみると、

どちらかといえば「緊張を伴う、強い絶望感に延々さらされている」状態と

言い換えられるかと思います。

それが起きている間じゅう、そして悪夢の中でも続いているという

状態です。

 

ちなみに、そのような心の状態がひどくなるほど、

孫悟空が頭につけている輪、あれを「緊箍児(きんこじ)」と

いうそうですが、あれで四六時中、額を締められている、

そんな感覚を思わせる身体的な不快感も強くなりました。

 

そのような苦しみから逃れたいと思って、私は死を考えていました。

寝ても起きても地獄なのなら、死んで楽になりたいと思っていました。

 

でもなぜ死ななかったかといえば、どん底につらい時は

死ぬ手筈を整えるエネルギーが無かった、ということになります。

 

例えば、今起き上がって台所に行けば包丁があるとか、

そういうことは思っていて、

頭の中では「私」と「包丁」は一本線でつながっているのだけれど、

身体が起き上がれませんでした。

 

もちろん、日々の生活の中では、

実際に台所に立ったり、台所の前を通り過ぎることも

何度もあるわけですが、アクションとして身体に突き立てるということは

出来なかった。

率直に言って、怖かったのかといえばそういうことでもなくて、

ゾンビのようにやっと動いていた自分には、そういうことを実際にする

活力がなかったという感じでした。

 

ただ、「うつは治りかけが危ない」とかよく聞きますが、

それまでは心が死にたくても身体が動いてくれなかったのに、

徐々に心の死にたいという願いに、

身体が応えられる状態になってきたという時期が、

私にもありました。

 

その頃は、

「確実に、かつ、なるべく人(特に家族)に迷惑をかけないで死ぬ方法」を

ネットで探したり、実際に死に場所候補の下見のようなことをしていました。

(本当に死ななかったところをみると、本気度が疑われても仕方ないですが)

 

また、週末に家族と外出した時に、「これが家族と出かける最後になる」と

真剣に思いながら過ごしたこともあります。

写真は苦手ですが、その日だけは写真をたくさん撮りました。

 

でも、そんな時急にふと思ったことがありました。

それは、私の場合の「死にたい」という気持ちは

上に書いたような「強い緊張感」とか「緊箍児で締められている感じ」とか、

身体症状と直結していたので、

「これが無ければもうちょっと生きられるかもしれない」

ということでした。

 

もちろん、こういう身体に表われるつらさというのも、

服薬によって治まる人も多いんだと思います。

 

でも、私の場合はちょっと薬が効きにくく、そういう意味での絶望感も

あったのですが、

「心の問題はともかく、身体だけでも楽になれば生きていけるかも」

というわずかな希望が、すごく小さな火ではありますが心にともって、

私を生かしてくれることになりました。

 

それはなかなか見つからず、ある意味、今も探してるような

ところがありますが、

まずはもう少し調べてみようという気持ちにまで持って行ってくれたのは

通院と服薬のおかげなのかもしれませんし、

今も「明日は見つかるかも」というような気持ちで、

探しつつ、期待しつつ、一日ずつ生きています。

 

当然、身心一如であるならば、どちらかだけすごーく楽になる、

ということはないのでしょうが、分解して考えてみる、という

小さなアイデアが浮かんだことは、私にはひとつの突破口になる

出来事でした。

 

      * * *

 

ところで、

どなたの言葉か失念してしまったのですが、

やはりうつを患った詩人の方の

「振り返ってみると、死にたいわけではなく、ただ消えたいだけだった」

という言葉(意訳ですが)を目にしたことがあります。

 

確かに私も「死」の本質とかよく分からなくて、ただ苦しみから

逃れられる術が「死」であるという気持ちから、死にたかったんだと思います。

「死」以外の方法があるならば、それでもいいということです。

 

そんなものあるわけないよ! と病気の最中には思うし、

本当にあるのかは分からないです。

 

でも、私も正直、本当に治ったんだか治ってないんだか分からないけど

一応、医師からもう通院しなくても大丈夫ですよということで

今生きているということは事実です。

 

しんどい、苦しい、と思う日もありますし、

ストレスに弱いということは嫌でも思い知らされる日々です。

 

でも、「明日は楽になる道があるかも」という小さな希望は

チラチラ燃え続けてるし、それは一番ひどかった時には

思いもよらなかった感情です。

 

「死にたい」という気持ちは、脳にベッタリ張り付いて剥がせない、

かなり強力な呪いのお札のようなものですが、辛抱していれば端っこのほうが

ちょっとめくれてきたりすることもあります。

 

だから明日の朝までは生きてみよう、それが過ぎたら翌朝まで、

週末まで、来月まで。まずはそれぐらいの気持ちで良いと思うので、

とりあえずは死なないで息しててみよう、と思ってみるのも悪くないと思います。

 

ちなみに、この強力な呪いのお札は、ちょっとめくれてきても、また

どういうわけかピシッと張り直されることもあるのですが。

そういう時もとりあえず呼吸だけ続けてやり過ごしていると、

まためくれてくる時があると、私は感じています。

 

「お札がめくれてくるのを気長に待つ」なんて

どうしても自分には出来ないと思うし、

ともかく今、ひと呼吸するのもつらい、苦しいんだよ! というのが

うつ病だとは思うのですが、

砂を噛むような食事が少し旨くなったり、

単に眩しく不安を呼ぶだけの朝日が少し美しく見えるようになったり、

そんな日が絶対に来ないとは、誰にも言えないことです。

 

なんとかやり過ごすだけの毎日であっても、絶望しないでもう少し。

全部を諦めないで、もう少しだけ生きてみよう。

それが今、思っていることです。

 

◇◆◇◆ attention ◇◆◇◆

本ブログは、引用部分以外は素人による雑記です。

現在治療中の方、また受診を考えられておられる方には

専門家への相談をおすすめします。